「考察」
以上、ある慢性腎不全患者の透析導入までの5年間を振り返ってみた。 特筆すべきは摂取蛋白量30g(0.5g/Kg)にして、悪化し続けていた腎機能が一転して改善を示した事実である。もうすこし早い時期に低蛋白食を指導していたらどのような結果であったろうかと思う。
以下に低蛋白療法の実施にあたっての問題点を列記してすこし考察を加えてみたい。
1)低蛋白食療法の必要性をいかに理解してもらうか。
実際のところ、慢性腎不全における低蛋白食療法の有効性についてはいまだに世界的な統一がえられているとは言いがたい。しかし比較的低蛋白食療法がよく遵守されたと思われる単施設研究では食事療法は有効の報告が認められるということ(3、4)、最近報告されたmeta-analysisの結果からもその有効性が認められるなど次第に有効性が確認される趨勢にある(5)。
すでに慢性腎不全における低蛋白食療法については、わかりやすいテキストが発刊されている(6、7)が、おりしも平成9年2月号の日本腎臓学会誌で「腎疾患患者の生活指導、食事療法に関するガイドライン」が発表された(8)。ガイドラインは1994年の厚生省の日本人栄養所要量第5次改定案を参考にしているが、クレアチニンクリアランス70ml/min以下の慢性腎不全においては摂取蛋白量0.6g/Kgの低蛋白と、摂取カロリー35Kcal/Kgが推奨されている。摂取蛋白量0.6g/Kgは健康成人の最低必要量であることから、この量の低蛋白食の摂取時に同時にエネルギー35Kcal/Kgの摂取が達成されていれば、強い栄養障害に陥ることは少ないとされている。ちなみにここでいう体重(Kg)とは標準体重であり、Body
Mass Indexが22をしめす体重、あるいはBrocaの式から求めうる体重を示し、実際の体重ではない。
医学的には腎不全期における低蛋白食の摂取は、尿素窒素の上昇を抑え、尿毒症状の出現を抑えること、ひいては蛋白負荷による糸球体過濾過からの糸球体硬化の進行を防ぎうること、低蛋白食はリン摂取量の減少につながり、高リン血症の是正、2次性副甲状腺機能亢進症の抑制、リン負荷による糸球体障害の抑制などの効果が期待される。このような医学的必要性を患者に話し、低蛋白食に対する理解を求めるように指導する必要がある。
2)低蛋白食療法の献立を作るように実際の指導をどうするか
糖尿病患者の食事指導には糖尿病食品交換表が広く利用されている。腎疾患の場合には腎臓病食品交換表が発行されている(9)。その他に食品成分表(10)などを利用することになる。食品重量あたりの蛋白含量を計算するには後者の方が使いやすいという意見もあるが、食品の名前を入力すると蛋白質含量が表示される計量器(タニタ社製、デジカロU)なども市販されており、食事療法の入門には効果的と思われる。低蛋白、高カロリー食の調理方法については、栄養士による指導も必要になる。
3)特製米などの治療食をどのように購入するか。
ガイドラインに示すように摂取蛋白量を0.6g/Kgに制限し、かつ35Kcal/Kgのエネルギー量を通常食品だけで摂取するのは事実上困難である。そこで治療用食品を工夫することになる。ことに蛋白制限食下で摂取する蛋白質は、できるだけ蛋白価の高いものを摂取することが望ましいことから、主食であるお米に含まれる蛋白質を少なくし、その分を肉類や卵類にまわして良質の蛋白質を確保することは低蛋白食治療の基本である。さまざまの低蛋白ご飯が開発されているが、一例をあげると"ゆめご飯"では100gあたりの蛋白質量は0.9gと普通ご飯に比して約70%も蛋白量はカットされている。
このような特製米などは現在製造元から患者が直接購入する必要がある。
4)自分の調理した食事のなかにどの程度の蛋白質が含まれているのかをどのようにモニターするか。
自分のとった食事の中にどの程度の蛋白質が含まれているかを知ることは、毎日の食事療法が実行できているかを確認し、患者が意欲的に食事療法を継続する上で基本的なことである。現在、一日の摂取蛋白量は一日畜尿を行うことで、Maroniの計算式
[ 一日摂取蛋白量(g/day)={尿中尿素窒素濃度(mg/dl)×一日尿量(dl)+0.031×体重(Kg)}×6.25 ]から計算することができる。
このように患者が自分で自分の食事内容を検討し、自分で工夫した食事内容が指示された蛋白量の範囲内であるかどうか確認を繰り返すことで、自己管理する力を学習することになる。病気に対する理解と自己管理する力は慢性腎不全などの慢性疾患を抱えた患者にとっては最も必要なことである。
前述の如く低蛋白食を勉強することは、低リン食を勉強することにもつながる。低蛋白食療法にもかかわらずいずれ多くの患者は慢性腎不全期から進行して透析期を迎える。進歩した現代の透析療法においても最大の問題はリンの管理である。慢性腎不全期に低蛋白食療法を通じて低リン食を勉強することは、その後の長い透析生活にも活かすことができる。
リンの高値による二次性副甲状腺機能亢進症、リンを下げるべく投与された炭酸カルシウムによる高カルシウム血症、あるいは無形成骨の問題など透析患者におけるカルシウムとリンの問題は宿命的な問題でもあるが、基本はリンの過剰摂取を避けることである。保存期腎不全期から低蛋白療法を学ぶことは腎不全患者にとって終生にわたる重要な治療法といえよう。
5)低蛋白食の結果、高窒素血症は改善されたとしても、体蛋白の崩壊を招いたり、栄養学的なかたよりをきたしていないかというチェックの必要性。
前述の如く、摂取蛋白量はMaroniの式より比較的簡単に計算することができる。しかし低蛋白療法時に摂取カロリー総量が適正であるかどうかの判定は実際上なかなか困難である。ことに低蛋白食を行いながら日常の食材のみで充分なカロリーを確保することは困難なので、カロリー補給のためにエネルギー補給食品(低甘味ブドウ糖重合体製品、中鎖脂肪酸製品、など)が必要になる。 その上で適切なエネルギーが採取されているかどうかは、定期的な体重測定、最近ではbioelectrical
impedance法を用いた体脂肪計が普及してきており、より簡便に除脂肪体重の測定が可能になってきている。あるいは上腕周囲長の測定や、血中アルブミンなどの測定など複数の検査を併用して総合的に栄養状態の評価をしていく必要がある。
「まとめ」
腎疾患にとって食事療法は古くから重要な治療と位置づけられてきた。透析療法が安全に普及してきたといえどもその重要性は変わらない。むしろ時代の流れとともに理論が備わり、また臨床的検討が加わり、あるいは治療用食品が開発されるにつれ、一層その重要性が認識されるようになってきている。また医療費の増加が問題視され、透析にかかわる医療費が増加するにつれ、保存期腎不全の管理は社会的にも重要性が増している。
今回、熱心な患者に出会い、食事療法を見守るにつけ、治療用食品の充実などもあって、この治療が充分患者に受け入れられる治療であることを知った。そして短期間ではあったが低蛋白食の効果を実感することができた。
今後例数を重ねるとともに、ガイドラインにあるようにCCR70ml/min程度(Crにすればおよそ1.5mg/dl)という早期からこの治療を指導し、少しでも患者の腎予後の改善に寄与したいと願う。また、保存期腎不全から透析期腎不全まで一貫した診療を心がけたいと願う。
(平成10年、宝塚市医師会学術誌 に投稿)
「文献」
1) 「腎栄養学」. 腎と透析 vol 33 . 臨時増刊号,1992.
2) Brenner BM, et al: Dietary protein and progressive nature of
kidney disease. N Eng J Med 307: 652, 1982.
3) Rosman JB, et al: Prospective randomized trial of early dietary
protein restriction in chronic renal failure. Lancet ii: 1291-1296,
1984.
4) Ihle BU et al: The effect of protein restriction on the progression
of renal innsufficiency. N Eng J Med 321: 1773-1777, 1989.
5) Pedrini MT et al: The effect of protein restriction on the progression
of diabetic and nondiabetic renal disease. A meta-analysis. Ann
Int Med 124: 627-632, 1996.
6) 食事療法を中心とした腎不全治療ー取手方式のすすめー、改訂第2版 椎貝達夫 編著、東京医学社、1996。
7) 腎臓病の食事指導。 飯田善俊、折田義正、中島泰子 編集、南江堂、1995.
8) 腎疾患の生活指導、食事療法ガイドライン。日本腎臓学会編、東京医学社, 1998.
9) 腎臓病食品交換表ー治療食の基準ー第6版、医歯薬出版、東京、1996.
10) 四訂日本食品標準成分表 ー科学技術庁資源調査会、1982.
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