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ボタン保存期慢性腎不全における低蛋白食事療法 ボタン

関西労災病院 内科 今井信行

「はじめに」
 保存期慢性腎不全における食事療法の重要性は、すでに1940年頃から指摘されてきた(1)。しかしながら当時は腎不全時に低蛋白食を指導することで高窒素血症を改善し、尿毒症状の出現を遅らせるというやや消極的な目的でおこなわれていたようである。その後、1960年頃にはGiordanoとGiovannettiらのイタリア人医師によって低蛋白食と必須アミノ酸療法が提唱された。腎不全時にみられるアミノ酸不均衡を経口的に必須アミノ酸を投与することで是正し、かつ低蛋白による体蛋白の減少を防ごうとするものであったが、一般に広く用いられるには至らなかった。
 1982年、Brennerらは糸球体硬化に陥った腎臓に高蛋白食やアミノ酸の負荷を行うと、糸球体濾過量が増加し、糸球体の硬化がさらに進行するという、Hyperfiltration仮説を提唱し(2)、腎不全時の低蛋白食は高窒素血症を改善するだけではなく、糸球体の硬化そのものを抑制できる可能性を示した。さらに1984年にRosmanらが比較試験を行い、低蛋白食には腎不全の進行予防効果があることを臨床的にも確認した(3)。
これらの成績をふまえ、慢性腎不全に対する低蛋白食療法は近年積極的な腎不全治療の一環としてその重要性が再認識されている。
今回、一人の腎不全患者の診療を通じて、この保存期腎不全に対する低蛋白食療法を勉強できた。主として患者の主体性にてはじめられた療法であったが、主治医としてその経過を見守りながら、あらためてその重要性を学ぶことができた。以前より食事療法の重要性は認識していたものの、実際に実施するにあたっては、1)患者が食事から摂取する蛋白質を計算し、実際に低蛋白食が実施されているかどうかの評価、2)低蛋白食療法下の患者が栄養学的に危険な状態にないかという判断、3)そのような制限のある食事を長期間続けていくだけの食事療法への理解をいかに得るか、4)実際の食事療法を可能にする治療用食品をどのように購入し利用するかといった具体的な問題がある。そのような問題点から長期間にわたって食事療法を指導し、その経過を追いえた症例はこの例がはじめてであった。 ここにいままでの診療経過を振り返るとともに、今後の礎としたい。

「症例提示」
 Tさんは平成5年3月に蛋白尿の精査のため当院紹介となった。初診時既に血清クレアチニンは2mg/dlと上昇しており、腎生検の結果は硬化性腎炎で将来の腎機能の低下が予想された。当時の担当医からは強い蛋白制限をして、体蛋白の崩壊や貧血の増悪を招く危険を冒す必要はないと言われ(食事療法への認識は現在でさえもこのように認識する専門医もなお多いように思う。)、食事療法についてはあまり積極的には指導されず、一日摂取蛋白量60gで退院となった。なおTさんは初診時身長164cm、体重は88Kgと標準体重は58Kgでプラス50%の肥満体型であった。 以後の経過をTさん自作の経過図を参考に、幾つかの時期に分けてたどってみたい。

I期;この時期は比較的腎機能障害も軽く経過できた時期である。クレアチニン(Cr)はおおむね2mg/dlで経過した。退院後、自分の判断で50g(0.8g/Kg)に軽度制限を行っていた。 平成6年には主治医の転勤が続き、平成6年10月から私が主治医になった。平成7年1月17日にはあの阪神大震災がTさんの家庭も襲った。体育館への避難、仮設住宅と移動が続いた。この震災が負担であったのだろう、震災後クレアチニンがじりじりと上昇しはじめた。

II;平成8年4月から現在の住所に移転するとともに、再度自己判断で蛋白摂取量を40gに制限するようにした。仮設住まいでの透析導入を避けたいという思いが強かったと聞く。この効果は血中の尿素窒素(BUN)に直ちに現れた。この時期からBUNとCrのカーブは解離が明らかになる。通常の食事下では、BUNはCr値のおよそ10倍になることを考えると、40g制限食の時点までは蛋白制限食の効果は認められなかったことになる。平成8年11月には血中クレアチニン3.8mg/dlで身体障害者4級の申請をおこなった。このような福祉対応も保存期腎不全患者には必要である。しかし40g低蛋白食にもかかわらず、腎機能は次第に悪化を示した。平成9年3月には身障3級の認定となった。

III期;平成9年5月に全国腎臓病協議会(全腎協)の総会が神戸であり、患者は自主的に参加した。そこで豊富に出回る治療食の情報を知ることになる。おなじく、この時期に私は札幌で開かれた透析学会に出席した。数年ぶりに出席した会場で、やはり豊富に出回る治療食品の種類の多さに驚いた。数年前にはでんぷん米が治療食品のすべてであったのに、わずかの間にさまざまに工夫された食材が出回っていることに驚いた。透析学会から帰って、Tさんの外来診察日に治療用食品の話になった。その席でTさんがすでに独自に低蛋白食療法に努力していることを知り、互いに情報交換をしながら低蛋白食に努力することになった。治療食品を応用し、摂取蛋白量を30gにするようにした。摂取蛋白が30gを守れているかどうかは一日尿を持参してもらい、後述のMaroniの計算式より求めた。その結果、グラフに示すように、上昇一方であった腎機能の悪化に歯止めがかかり、一時的にクレアチニンは7mg/dlまで、BUNは25mg/dlまで低下した。

IV期;30gの低蛋白食にて平成9年6月から11月まで腎機能の悪化は鈍ったように見えた。しかし以前より子宮筋腫があり、この時期不正出血が続き腎性貧血とあいまり貧血は高度となった。浮腫も出現し、利尿剤の使用で腎機能はさらに悪化した。婦人科的には筋腫の切除が必要と判断された。 低蛋白食下では術後の創傷治癒が遅れると判断し、通常蛋白食(1.0g/Kg)にて、まず透析に導入し、全身状態の改善を得た後に手術が受けられるように計画した。その結果術後経過は良好で、創傷の治癒も速やかであった。
透析導入後も自尿が得られていたため、本人の希望で一度透析を離脱し、再び低蛋白食を試みることになった。5月25日に透析を離脱したが、腎機能の悪化はとまらずクレアチニンは18.5mg/dlにいたり、食欲不振などの症状が出現したために、3カ月たらずで再度透析導入となった。再度導入にはなったものの、正確な自己管理にて最終的にCrが18mg/dlまで、特に危険なく透析導入を延期しえたことは、いままでの経験に照らしても、随分導入時期を引き延ばすことができたように思う。

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