特記事項(都市的一般状況)
平成8年度前期 アジアチーム
都市名:カトマンズ
氏名: 今井信行
都市の印象:
ネパールはGNP一人当たり180ドルという世界最貧国の一つということである。国土はヒマラヤに続く高地から、南のインドに接する亜熱帯気候のタライ地方まで起伏に富み、カトマンズなどの都市部と地方では生活環境にも大きな差があるようで、一言では平均的ネパールは語れないとのことであった。農業以外に主要な産業を持たぬ国とはいえ、地方での生活はさらに厳しいのであろう、年々カトマンズ都市部への流入者が増え、人口の増加が著しいとのことであった。往来は人にあふれ、オートリクシャーなるガソリン駆動の三輪車が乗合タクシーのように、人々の主たる交通機関のようであった。ガソリンをはじめ医薬品等の生活物資はほとんどがインド製とのこと、精製度の低いインド製ガソリンからまき散らされるオートリクシャーの排ガスは、猛烈に刺激的で、呼吸器を傷めた。
あふれる人々に、悠然と歩む牛の姿が混ざり、往路の雑踏は渾然としたにぎわいであった。主要な産業がないために、就労の機会が少ないのだろう、あるいは厳然としたカーストの壁が残るのだろうか、人々の顔にはどことなく諦観の風情が漂い、物憂げに往来を見やる姿が目に付いた。往来の喧騒は無秩序このうえないが、カトマンズは盆地故、周囲は山並みに囲まれ、なにかしら穏やかな雰囲気があった。
カトマンズの治安は比較的安全で、当地の日本人も昼間の一人歩き等は差し支えないとのことであった。主たる宗教はヒンズー教であるが、仏教、ネワール教などの多宗教を混じえ、信仰心の厚い国民性と、日本人に似た顔貌もあいまり、親しみの持てる印象であった。定年退職を迎えた夫婦がネパールに永住を求める例や、現地人と結婚する日本人女性が少なからず存在することも、私の抱いた印象が少なからぬ日本人に通じる証左であろう。
カトマンズの医療事情:
飲料水に関しては、水道水は飲用には全く不適である。一般に我々の滞在した印象からも、ネパール在留邦人をまず脅かしているのは、汚染された飲料水等からの経口感染である。ジアルジアなどの寄生虫感染はごくありふれた感染症のようであったし、A型肝炎なども頻発していた。(ちょうど訪問時にもJICA職員がA型肝炎に罹患し、診察を求められた。)その他腸チフス、コレラなども経験されるとのことであった。
日本人家庭はそれぞれ浄水器を備え、自衛しているようであったが、配電設備の不安定から停電等も日常茶飯であり、苦労されているようであった。
一般にネパールはカトマンズ市内であっても、水道、下水、ごみ収集などの生活インフラ設備は不備で、道路も家庭からのごみが積まれているなど、衛生という概念が通用しない印象であった。また多くの日本人家庭は現地人を使用人として雇用していたが、現地人との衛生観念のずれから、料理人として雇った使用人の手を介して感染するなどの問題も指摘された。
現地邦人が利用する医療機関として、トリプバン大学Teaching Hospital、パタン病院、シベック(Ciwec)クリニックなどが、現地の合川医務官から紹介された。Teaching
HospitalはJICAプロジェクトとして、日本からの援助で現地人スタッフの養成に勤めてきたが、16年間続けてきて、結局養成した現地スタッフが根つかず、結局平成8年で打ち切られることになったそうである。
外国人が最もよく利用するのは、NGO, United Missions が運営するパタン病院とのことであった。救急対応もしているそうだ。現在日本人の木村医師が病理医として勤務されている。あと10年でネパール人の病理医を育てるのが目標とのことで、日本の病院を退職された際の退職金でオリンパス製の立派なteaching
scope付きの顕微鏡を持参されていた。自身臨床医ではないため実際の診察はされないが、現地の言葉にも堪能で、現地邦人には合川医務官と並んで心強い存在であろう。パタン病院の初診料は500ルピーでほぼ平均的ネパール人の月給に相当するとのことで、一般のネパール人は利用困難とのことであった。ネパールの病院は日本のように保険がないので、初診料を払って診察を受けた後、医師の指示した薬品、点滴のチューブに至るまで自費購入し、それを病院に持ち帰り点滴してもらうというようなシステムになる。
シベッククリニックはカナダやアメリカ人がよく利用するとのことであった。 パタン病院を見学したが、ネパール有数の病院とは言うものの、衛生状態などは日本とは比べるべくもなく、外来にて対応できるような疾病はともかく、手術を有するような大病は日本へ搬送するか、シンガポール、バンコックへ搬送するかして対応しているのが実状のようである。カトマンズーバンコックの直行便は週に5便しかなく、火曜日木曜日はバンコックに空輸できないなどの問題もある。
このパタン病院に近年ネパールで初めて助産院が完成し、母子衛生なるものが根付き始めたと木村先生より案内をうけた。瀟洒な建物でさるすべりに似た赤い花との対比が美しかった。中はコンクリートで仕切られた小部屋にベッドが配されただけの殺風景な風景であったが、戸籍もなく、いつ生まれ、いつ死んだかすらわからないままであった社会にこのような施設が生まれたことの意味は大きい。千分の八十八といわれる乳児死亡率も徐々に改善されることだろう。一方、母子衛生に関して、ネパール社会に入り込んで地道な活動を続けておられるJICAのクラフジ先生らの活躍にも敬意を表したい。日本では死語になってしまったといえば言い過ぎかもしれないが、公衆衛生なるものの重要性を人々に説き、周産期医療を改善しながら、自分たちの国がどのようにすれば人口爆発なる悲劇を回避できるかを考えるべく指導しているとのことであったが、息の長い活動を期待したい。彼らの活動に医療の原点を見たというのが同行の香川医師の意見であったが同感である。
今回の海外巡回検診の対象となったカトマンズ、カルカッタ、バンコック、ダッカの諸都市の現地医療事情のなかで残念ながらカトマンズの医療設備が最も後進であるように思う。前述のように、ネパールで入手できる医薬品は多くがインド製であり、薬品の力価が強い反面、その副作用を多くの日本人が不安に思っていた。ネパール赴任に際しては、必要な医薬品は持参されるべきと思われる。
その他医療衛生問題に関しては、予防接種に関しては小児期のワクチンは可能なかぎり日本ですませることが勧められる。当地では野犬や多くの寺院に集まる野猿に狂犬病の蔓延があるので狂犬病予防接種のほか、A型、B型肝炎に対するワクチン接種が勧められる。1995年から日本でもA型肝炎ワクチンの接種が認められたので長期滞在者には勧められるワクチンである。
タライ地方には、日本脳炎やマラリアの流行もあるのでこの地方への赴任者には勧められる。
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