【 コレステロールについて 】
最近、コレステロールの高値を相談に見えられる方が多いので、あらためてコレステロールについてまとめてみることにします。
【 血中脂質の分類 】
血中の脂質には、主にコレステロールとトリグリセリドがあります。コレステロールは、主として肝臓で合成され、細胞の膜を構成する必須の成分です。その他、ステロイドホルモンや性ホルモンの成分として、あるいは胆汁酸などの成分として重要です。一方、トリグリセリドは、分解されることによりエネルギーを発生することから、体内でのエネルギーの貯蔵、運搬に重要な役割を演じています。
これらの脂質は一般に水に溶けないので、血中では、アポタンパクとよばれるタンパク質と複合体を形成して血中に溶解しています。いわばこれらのアポタンパクが脂質の運び屋であり、このアポタンパクによって、コレステロールやトリグリセリドがどこに運ばれ、どのように利用されるか運命が決定されるといえます。
コレステロールやトリグリセリドは、アポタンパクと結合してさまざまの脂質タンパク(リポタンパク)を作っています。これらリポタンパクの分類法は、比重により分類する方法、電気泳動により分類する方法などがあります。
比重により分類すると、これら脂質とタンパクの結合物は、LDL、VLDL、HDLなどと分類されます。LDLはlow density
lipoproteinの略であるので、比重が低いリポタンパクです。VLDLはvery low density lipoproteinの略であるので、さらに比重が低いリポタンパクです。HDLはhigh
density lipoproteinの略であり、比重の重いリポタンパクです。
一方、電気泳動を使って分類すると、LDL、VLDL、HDLと呼ばれるリポタンパク粒子はそれぞれ、βリポタンパク、プレβリポタンパク、αリポタンパクタンパクと呼ばれる位置に泳動されます。このように検査法によりリポタンパク粒子の呼び名が変わるわけです。
【 臨床現場でのスクリーニング 】
臨床の場では、高脂血症の最初のスクリーニングは、まずコレステロール、トリグリセリド、HDLコレステロールを測定します。そこで大きく分けてコレステロールが高い場合、トリグリセリドが高い場合、両者とも高い場合に大別します。
後述する、高脂血症の重要な指標であるLDLコレステロールは、LDL-C=(TC )- (HDL-C ) - (TG/5)で計測します。
コレステロール、トリグリセリドの運び屋にあたるアポタンパクで分類する方法もあります。
【 原発性高脂血症 と 二次性高脂血症 】
高脂血症のなかでも、原因が不明のものや遺伝的要因によるものが原発性高脂血症と言われます。一方、糖尿病、ネフローゼ症候群、甲状腺機能低下症などに合併する高脂血症を二次性高脂血症と称します。
12時間以上の絶食の後採血し、総コレステロール、トリグリセリド、HDLコレステロールを測定します。高脂血症が認められた場合、上述の糖尿病などの原因疾患の合併がないかどうかをまず検討します。
また、原発性高脂血症では、黄色腫とよばれるコレステロールを貪食したマクロファージの浸潤が上眼瞼、肘部、臀部などに見られます。その他角膜輪、アキレス腱の肥厚などの特徴が見られることがあります。
また原発性高脂血症には遺伝が認められるために、家族歴を調査して家系内に高脂血症の患者が集積していないか、虚血性心疾患の患者が集積していないかを調べることも重要です。
中でも、家族性高コレステロール血症はLDL受容体に異常があり、LDLの肝臓内への取り込みが傷害されるために、著明な高コレステロール血症を示します。ホモ型という相補遺伝子両者に異常のある場合には、血中コレステロールは600-1000mg/dlという著明高値に至り、若年でありながら心筋梗塞など虚血性心疾患を起こします。
【 動脈硬化と高脂血症 】
動脈硬化は動脈壁の肥厚を示し、かつ弾力性を失い硬化をきたした病変を総称しますが、病理的には、粥状硬化、メンケブルグ硬化、細動脈硬化の3型に分類されます。このうち高脂血症との関係が深く、心筋梗塞や脳梗塞などの原因になる最も重要な疾患が粥状硬化症(アテローム硬化症)です。アテローム硬化症は、大型および中型動脈に好発します。
ヒトの血管は、加齢、喫煙、そして高コレステロール血症そのものなどの影響で、血管の内面を覆う内皮細胞が障害を受けます。この障害部位にマクロファージと呼ばれる貪食能をもった細胞が集積し、コレステロールの豊富なリポタンパクであるLDL粒子(とくに酸化をうけた変性LDL粒子)を貪食し泡沫細胞化します。このLDL粒子、泡沫細胞などが集積して血管の内面に、プラークと呼ばれる肥厚性病変ができあがります。これが粥状病変の本態です。
自分の経験でも、高齢の患者様の剖検例をみると、大動脈の内面はデコボコ不整が著明で、ときにこのプラーク表面が崩れて、あたかも粥のようにどろどろした血管表面をみることがあります。
この粥状動脈硬化が、脳梗塞、心筋梗塞などの原因となることから、このような粥状動脈硬化の予防と対策が重要になります。具体的には高脂血症との強い関連から動脈硬化症(粥状硬化症)の予防に、高脂血症対策ことに高LDL血症対策が重要視されるわけです。
【 総コレステロールではなく、LDLコレステロールで評価する 】
先にも述べたように、粥状硬化の進展には変性LDLコレステロールが血管壁の内膜下に侵入することが重要と考えられます。総コレステロールの中には、次に述べるHDLコレステロールの値も含まれており、HDLが高値の場合には総コレステロール値も上昇し、判断を誤ることがあるからです。この場合、LDLコレステロール値が高くなければ治療する必要はありません。
【 コレステロールの合成は肝臓で行われる。 】
コレステロールは、肝臓内で合成されます。なかでもHMG-CoAからメバロン酸の生成を触媒する、HMG-CoA還元酵素がコレステロール生合成の律速段階といわれています。もし肝細胞内のコレステロールの合成が低下して、コレステロール濃度が低下すると、LDL受容体が細胞表面に出現して、血中のLDL粒子の肝臓内への取り込みが亢進し、血中コレステロールは低下します。
最近、多用されるスタチンと呼ばれるHMG-CoA還元酵素阻害剤による、血中コレステロールの低下は、このHMG-CoA還元酵素を阻害することによるコレステロール合成阻害よりも、LDL受容体の発現が亢進して、コレステロールの肝臓内への取り込みが亢進することによる影響が大きいとされています。
いずれにせよ、このスタチン開発は日本の製薬メーカーが世界に先駆けて成功したものであり、この薬の開発により、高脂血症の治療は各段に容易になったといえます。
【 日本のガイドライン 】
日本では、1997年に日本動脈硬化学会から、高脂血症とくにLDLコレステロール値に重点を置いた「高脂血症診療ガイドライン」が発表されました。しかし動脈硬化性疾患の予防にはコレステロール以外にも、糖尿病、喫煙などのリスクファクターを総合的に評価するべきであるという立場から、2002年により動脈硬化症の予防のために、より包括的なガイドラインが発表されました。名称も単に高脂血症ガイドラインから、「動脈硬化性疾患診療ガイドライン2002」と変更されました。これは、LDLコレステロールを中心に血清脂質、高血圧、禁煙などの冠危険因子を総合的に評価して、各個人のリスクファクターに応じた指導、管理を目指すものです。
この2002年のガイドラインでも、スクリーニングするべき高脂血症の診断基準は、「血清コレステロール220mg/dl 以上、LDLコレステロール140mg/dl以上とされている。
これらの数字の決定に確たる根拠はないようであるが、日本の大規模研究のひとつである3Mスタデイなどの結果からは、心筋梗塞のリスクが血清総コレステロール200mg/dl以下に比べて、220-240mg/dlで3倍、240-260mg/dlで3.6倍、260mg/dl以上で9倍に上昇することが明らかにされた。このように血清コレステロール260mg/dl以上で高いリスクが知られているが、冠動脈疾患のリスクの上昇がみられる220mg/dl以上を、動脈硬化疾患の予防対策が必要であるとする医学的見地から、高脂血症の境界値に設定された経緯があります。
【 一次予防と二次予防 】
一次予防とは、高脂血症などを是正することで、虚血性心疾患など新たな動脈硬化性疾患の発生を予防することです。一方、二次予防とは、過去に心筋梗塞などを起こした人が再び心筋梗塞を再発するのを予防することをいいます。
2002年のガイドラインでは、2次予防としては総コレステロール180mg/dl以下、LDLコレステロール100mg/dl以下という厳格な基準が推奨されている。
一次予防では、個人の冠危険因子数に応じて、コレステロールの管理基準が推奨されています。
【 一次予防には、まず食事療法と運動療法が薦められますが、 】
高脂血症の治療には、まず食事療法が重要です。食事療法により、総コレステロールで10-20%、トリグリセリド(中性脂肪)で、50%以上の改善が期待できます。したがって、明きらかな冠危険因子がなく、高脂血症のみの場合、総コレステロールで250mg/dl前後、
トリグリセリドで300-400mg/dlまでは、食事療法のみでの改善が期待できます。
【 高コレステロール血症の食事療法 】
(1) 摂取カロリーの制限。摂取カロリーの増加が体重の増加を介して、肝臓でのコレステロール合成につながる。 標準体重×30 Kcal とする。
(2) 脂肪の摂取を、総カロリーの20-25%とする。飽和脂肪酸にはコレステロール上昇作用があり、不飽和脂肪酸には低下作用がある。
肉を主体の洋食から、魚を主体とした和食が勧められる。
(3) コレステロール摂取は、300mg以下に。 卵黄のコレステロールは、250〜270mgになる。具体的なコレステロールの制限は、
卵、バター、鶏肉のレバー、皮に注意をすれば充分といわれています。
(4) 植物性タンパク;豆腐、大豆などの植物性タンパクにはコレステロールの低下作用が知られています。植物性タンパクだけでは、アミノ酸の欠乏を起こすので、動物性タンパクの摂取を40-50%にすることが、勧められています。
(5) 食物繊維の摂取。こんにゃく、キノコに含まれる水溶性植物繊維(ペクチン、マンナンなど)にはLDLコレステロールの低下作用が報告されています。ただしセルロースなどの不溶性繊維には低下作用はみられません。
【 高トリグリセリド血症の食事療法 】
これも、一般には食べすぎ、肥満などにより、肝臓でのトリグリセリドの豊富なVLDL合成が高まっていることが多いので、やはり適切なカロリー制限が必要です。
また、アルコールはVLDLの合成を亢進するので、アルコールの制限は効果が高い。 その他、不飽和脂肪酸、食物繊維の摂取についてはコレステロールに準じます。
【 酸化LDLに対する食事療法 】
LDLの中でも、酸化変性したLDL粒子は、動脈硬化を促進することから注目されている。 このような酸化を防ぐ食品としては、ビタミンE、大豆油、ビタミンCなどが従来より知られていますが、その他新しく抗酸化作用の分かったポリフェノールなどの食品をいかに取り入れていくかが重要です。
その他、βカロチンを含む 緑黄色野菜、
リコペンを含む トマトやスイカ、
ポリフェノールを含む 赤ワイン、タマネギ、ブロッコリー、
イソフラボンを含む 豆腐、納豆、みそ
カテキンを含む お茶、紅茶、ウーロン茶
などが、抗酸化作用のある食品として、注目されています。
【 HDLコレステロールが善玉と呼ばれるわけ 】
一方、HDLコレステロールは、余剰なコレステロールを末梢組織から引き抜いて、肝臓に転送する働きがあります。これをコレステロールの逆転送といい、この働きのためにHDLコレステロールは抗動脈硬化作用があり、善玉コレステロールと呼ばれます。
事実、HDLコレステロールの1%の低下は、冠動脈疾患の発症を2-3%上昇させることが知られています。
喫煙者や糖尿病、肥満ではHDLコレステロールが低値をとることが知られています。 これらの是正や、禁煙指導、有酸素運動、適度のアルコール摂取などはHDLを上昇させる働きがあることが知られています。しかしながら飲酒により上昇するHDLは、いわゆる善玉コレステロールとは質的に異なります。
【 閉経後の女性はコレステロールが上昇する 】
女性ホルモンであるエストロゲンは、肝臓のLDL受容体を増加させ、肝臓への血中LDL粒子の取り込みを促進することが知られています。またLDLそのものの代謝にも影響します。閉経期を迎え、エストロゲンの作用が低下すると、血中コレステロールは上昇します。閉経後の女性の高脂血症の治療法のひとつに、ホルモン補充療法がありますが、コレステロール低下作用は、スタチン系薬剤には及ばないとされています。
| BACK
|
|