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知識の整理箱 No.001
ボタン骨の源は腎なり レナジェルの誕生ボタン


  レナジェルというリンの吸着剤が発売されました。この薬の特徴は、製剤にカルシウムを含んでいないことです。 この利点を理解するには、透析患者の置かれた特殊な状況を理解しなければなりません。

一般に、透析患者は低カルシウムの環境にあります。その主因は、腎不全に伴うビタミンDの活性化障害です。 すこし難しい話になりますが、昔、私たち人類の誕生以前、私たちの生命は海で生まれました。海水には豊富なカルシウムが含まれており、海を住処とする私たちの祖先は海中を口を開けて泳ぎまわるだけで、豊富なカルシウムを摂ることができました。 この状況では、生体に必要なホルモンはむしろ体からカルシウムを排泄するホルモンであり、カルシトニンと呼ばれるホルモンは魚類で発達しました。現在骨粗しょう症の治療に使われるエルシトニンという薬にはサケから作られるものもあります。カルシトニンは血中からカルシウムを骨に移動させる作用がありますので、血中カルシウムは低下します。

魚類から進化の結果、陸に上がった生物は一転して、カルシウムの乏しい環境で生活することになります。陸上動物は骨というカルシウムの巨大な貯蔵庫を用意し、カルシウムの欠乏に備えます。このカルシウムの乏しい環境で重要な役割を演ずるのがビタミンDです。
ビタミンDは小腸に働いて、カルシウムやリンを腸管から体内に吸収します。 ビタミンDは、皮膚で紫外線を受けることでコレステロールから合成されます。余談ですが、このビタミンDの活性化が成長期に起こらない病態を、“くる病”と呼びます。昔、くる病を予防するために、しっかり日光を体に浴びましょうと勧められたことにはこのような理由があります。ついでまず肝臓で水酸化され、ついで最終的に腎臓で1位と呼ばれる位置が水酸化されることで活性型ホルモンになります。ですからビタミンDが本来のホルモンとしての働きを充分に発揮するためには、腎臓が必須の臓器なのです。

中国の古書に、「骨の源は腎なり。」という言葉がありますが、まさしくこの腎臓でビタミンDの活性化がおこることが、骨の源といえます。 腎機能が低下すると、このビタミンDの活性化が傷害されることにより、低カルシウム血症になります。また腎臓からのリンの排泄が低下することにより、高リン血症になります。
このような変化は副甲状腺への刺激になります。副甲状腺は、甲状腺の裏にある米粒のような小さな組織ですが、カルシウムの低下を感知して副甲状腺ホルモン(PTH)を分泌します。この副甲状腺ホルモンは、骨に働いてカルシウムを溶出し、血中カルシウムを上昇させるのです。また副甲状腺ホルモンは腎臓に働いてリンの排泄を促進するなど、腎不全の環境において極めて合目的に作用します。

カルシウムは、筋肉の興奮、心臓の収縮、神経の伝達など生命の維持に大変重要な働きを演じています。そのために、血中のカルシウムは厳密な濃度の調整を受けています。カルシウムは血液検査をおこなうと、およそ10mg/dlといった値です。等量という別の単位で表すと、5mEq/Lという表示になります。血中では、この半分のカルシウムはたんぱく質(主としてアルブミンと)結合しています。従って、血中にタンパクと結合せずにフリーで存在するカルシウムは、およそ2.5mEq/Lということになります。

透析患者の治療に使う、人工透析の透析液のカルシウム濃度は、以上のような背景を踏まえて、すなわち腎不全患者ではビタミンDの活性化が行われていないために、低カルシウム環境にあるということで、人工透析治療初期の透析液カルシウム濃度はやや高めの3mEq/Lに設定されました。これを2号液と通称します。
しかしながら、このカルシウム濃度3mEq/Lの透析液で透析していたとしても、ビタミンDの開発される以前には、低カルシウムによる刺激が副甲状腺に働き、透析期間が長くなると副甲状腺の腫大がおこります。これを2次性副甲状腺機能亢進症といいます。2次性とはなにか根本的な原因があって、その結果、副甲状腺機能亢進が起こってくる場合をいいます。この場合は腎不全が原因で、副甲状腺機能亢進がおこってくるためにそう称します。この状態が長く続くと、PTHホルモンが骨に働いて、カルシウムを溶かしだします。

結果骨はカルシウムが減少し、腎性骨症のなかでも繊維性骨炎と呼ばれる状態になります。易骨折性、骨痛など、また骨から溶出したカルシウムが血管等の軟部組織に沈着するという異所性石灰化といった長期透析特有の合併症に繋がります。 この副甲状腺の機能亢進を抑制するには、活性型ビタミンDを用います。
活性型ビタミンDを服用することで、カルシウムの吸収を高め、血中カルシウムが上昇するとPTHに対してある程度抑制がかかります。また副甲状腺組織には、ビタミンDの受容体と呼ばれるものがあり、ビタミンDの血中濃度が高くなると副甲状腺組織の増生に抑制がかかります。

 腎不全では、ビタミンDの活性化が行われず、カルシウムの欠乏の状態にあるという原点に戻って、また透析患者ではこのような長期透析の合併症を防ぐという観点からもビタミンDの服用が必要になるわけです。 ところが、ここで問題が起こります。リンの問題です。リンは、タンパク質1gあたりに15mg程度含まれるといわれています。現在日本人は普段一日1200mgのリンを摂取しているといわれます。タンパク質の量にするとおよそ80gに相当します。便中に排泄されるリンはおよそ一日400mgといわれています。一日あたり800mgのリンが毎日吸収されることになります。1週間ではおよそ5600mgが蓄積する計算になります。一方で、1回の透析で除去されるリンは、最大1000mg程度です。週に3回透析を受けるとして、3000mgのリンが除去されますが、これが透析の限界です。結果として、週当たり2600mgのリンが蓄積することになります。リンの除去は透析だけでは充分ではなく、リンを腸管で吸着し体外に排泄する有効な薬剤が望まれるわけです。

 従来はアルミニウム製剤が、優れたリン吸着剤として汎用されていました。しかし腎不全ではアルミニウムの蓄積が問題になり、アルミニウム脳症等の発生が問題になりました。1992年に透析患者へのアルミニウムの使用が禁止になりました。そこでアルミニウムに変わるリン吸着剤として広汎に使用されるようになるのが、炭酸カルシウム製剤でした。健康保険上はリン吸着剤としての適応はなく、胃酸を抑える制酸剤としての適応で、リンの吸着剤としての適応が取れたのは一部2000年になってのことでした。

 炭酸カルシウムが、アルミニウムに代わり、リン吸着剤として汎用されるようになると、ビタミンDの併用とあいまって、血中カルシウムが上昇してしまうという問題が出てきました。先に述べた、2次性副甲状腺機能亢進症を抑えようと、ビタミンDの服用量を増やそうとしたときに、より深刻な問題になってきます。血中カルシウムが上昇し、リンも高値であると、カルシウムとリンの積が高値となり、異所性石灰化という血管、心臓など軟部組織が石灰化する厄介な合併症が起こります。

 アルミニウム禁止以後の透析治療の進歩は、いかにカルシウムの濃度を上げないでビタミンDを併用することができるか、という問題を中心改善されてきたように思います。 たとえば透析液のカルシウム濃度を3.0から2.5mEq/dlに低下した3号透析液がつくられました。また、血中のカルシウム濃度を上昇させにくいビタミンDが開発されました。 ファレカルシトリオールや、注射製剤であるマキサカルシトリオールなどがこれにあたります。

 すべてが、リン吸着剤として用いる炭酸カルシウムにはカルシウムが含まれていることが、問題だったのです。炭酸カルシウムよりリン吸着能力が強いといわれる、酢酸カルシウム、リンゴ酢カルシウム(PhosEX)などにしても製剤にカルシウムを含んでいます。カルシウムを含んでいない、効果的なリン吸着剤の出現が切望されていたのです。その期待を担って登場したのが、塩酸セベラマー(レナジェル、ホスブロック)といえます。

 このレナジェルの実際の臨床試用の成績は、別掲することにして、製剤自身の副作用としては、胃腸障害、便秘といった副作用が過半数に見られることが難点です。 またレナジェルの登場はカルシウムが含まれていないがゆえに、再び透析患者を低カルシウム環境に戻す可能性があります。医療者としては、この薬の開発の経緯を理解して、より選択肢が増え細かな管理が可能になった、慢性透析患者の健康管理に一層の努力をしなければならないと思います。


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