在宅医療、、、がんや難病を患った場合、病院での積極的な医療が限界になった場合、これ以上入院治療を続けても治る見込みがない場合、そのような時、残された時間を制限の多い病院で入院治療を続けるよりも、住み慣れた我が家で過したいと願う患者が増えている。
そのような人たちに係るとき、それは病院や診療所で日常出会う多くの患者さんたちが見せてくれる姿とは、また異なった風景が垣間見られる。
私が在宅の風景と名づけるゆえんだ。
最近であった、老夫婦もそのような風景をみせてくれる。
病気は奥様の方で、婦人科系の悪性腫瘍で、ずいぶん進行した状態である。
ほぼ寝たきりで、尿はバルーンで排尿している。
呼吸も荒く、鼻には酸素のチューブがついている。
浅い呼吸で、しかし疼痛は最近の薬剤の進歩でほとんどないらしい。
やや浅くて荒い呼吸であるが、会話は充分に可能だ。
ご主人とは再婚らしい、あまり詳しいことは知らない。
病院に入院していても、これ以上治療の方法がないことが告げられ、患者本人が強く帰宅を望んだという。
家には御主人一人しかいないが、奥様の願いを叶えるべく、自宅へ戻り、在宅医療が開始になった。
かかりつけ医として私に声がかかり、訪問看護ステーションから訪問看護婦が赴くことになった。
病院も、病状悪化時などいつでも受け入れますといってくれた。
皆が不安ななかで在宅医療が始まった。
在宅医療が、始まって1週間ほど経った昨日、ご主人が当院へお薬を取りにこられた。
御主人は周囲の心配不安に反して、男手ひとつでなかなか良く看病されている。
一日4-5回のおむつの交換をはじめ、食事の世話、買出し、薬の準備などなど。
夜は、奥様の隣に布団を敷いて、互いの手を糸で結んで眠るという。
夜中に万が一の時に、気づいて起きるためだ。
その御主人が、私のところに薬を取りにくるや、開口一番。
「もっとしてやれることが、あるんじゃないかと思って、自分を責めてしまう。」と話をはじめられた。
自分には、あいつにしたりないことがあるんじゃないかと思って悩んでしまう。
これなら、もう一度入院させた方がいいかとも思う。と。
いろいろ看護婦さんたちが来てくれると、湯も沸かさなならんし、着替えやタオルも出さなならん、かえって気を遣ってしまう。
「そんなに全部自分ひとりでやっていたら、身が持ちませんよ。」という私の言葉かけには、「あいつが逝くときには、自分も逝く。
それぐらいの覚悟がなかったら、家では看れん。」と言い放たれた。
「看護というのは奥が深い、いくらやってもしたらんような気がする。」わずかの期間にこんな核心めいた発言に至るところまで、彼なりに工夫を凝らされたことが伺われる。
その日、夜8時前になりましたが、私は夜の診療のあとにご自宅に伺いました。
私が患者さん本人に、昼間ご主人が、「もっとあなたにしてやれることが、あるんじゃないかと思って、自分を責めてしまう。」と言っておられましたが、
よくやって下さっていますよね。
と声かけると、患者さん本人も静かな口調で「感謝しています。」と口にされた。
御主人はいつも立ったまま話をされるが、そのときもせわしなく動きながら、でも自然に、いつもそうしているのが当然のような振る舞いで、奥さんの頭に手を伸ばすと、手にもった櫛で、さっさと奥さんの髪をとき始められた。
その姿をみて、なんかとても純なものを感じました。
年をとって、老いて、そして病で変容した姿ではありましたが、あるいは、長い年月連れ添って、互いに年をとり、病で変わり果ててしまったがゆえに、一層、この二人のすがたに、なんか少年少女のような清らかなものを感じてしまいました。
純愛とかいう言葉はこういうことかなとふっと頭に浮かびました。
明日、死ぬかもしれないという、限りある時間であるがゆえに、(ご主人も枕もとでそこまで口にされます。)
純粋な時間を過ごされているのかと感じました。
お二人は、できれば二人でこの時間を過したいと考えておられるのかも知れません。
私たち、訪問者は本当はこの場に同席しない方がいいのかも知れません。
でも、この貴重な時間に、寄り添わせていただけるのは医療者なるが故の、これも貴重な、得がたい経験と感じました。
ある老夫婦の在宅での風景です。
このような風景を垣間見て、いろいろ考えさせて頂けるのは在宅医療ならではの経験で、この魅力といってはなんですが、体験は捨て難いものがあります。
私が忙しくても、在宅医療を少数でも続けて行きたいと思うのは、このゆえんであります。
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